ザ・マスケット・ルームは、女性のオーナーとリーダーによって支えられています。この思い切った経営判断は、さまざまなかたちで実を結びました。レストランは9年振りに10個目のミシュランの星を獲得したことに加えて、アティアは「米国料理界のアカデミー賞」と言われる「ジェームズ・ビアード・アワード」の最優秀シェフ部門に、ミックは最優秀パティシエ部門にそれぞれノミネートされたのです。ニューヨーク・タイムズ紙の2022年版ベストレストラン・ランキングにも選出されるなど、さまざまなメディアから高評価を得ています。ザ・マスケット・ルームのクラフツマンシップと創造性は、姉妹店として先日オープンした「ラフズ(Raf’s)」にも受け継がれています。ハウストン・ストリートの反対側にある、かつてのベーカリーにオープンしたラフズでは、日中はコーヒーやデニッシュを、夜はディナーメニューを提供しています。なかでもぜひ試していただきたいのが、薪ストーブでローストされたチキンと焼きたてパンのセット。サルサ・ヴェルデを添えたフェンネルやツナのボッタルガと唐辛子のパスタ、さらにはキャラメリゼされたホワイトチョコレートのイタリア風プディング、イタリア風チョコレートタルトもおすすめです。ラフズは、あまりに美しくて食べるのが惜しいと思ってしまうようなザ・マスケット・ルームのファインダイニング体験をさらに引き引き立ててくれる理想的な空間です。
今回の特集では、ザ・マスケット・ルームのオーナーのジェニファー・ヴィタリアーノとヘッドシェフのメアリー・アティア、パティシエのカマリ・ミックをゲストに迎えて事業の成功の秘訣、さらには変化とイノベーションのメリットについて語っていただきました。
Q:ザ・マスケット・ルームをオープンした当時は、どのようなコンセプトを掲げていたのでしょうか? そのコンセプトは、この10年間で変わりましたか?
ヴィタリアーノ:2013年にオープンした当時、ザ・マスケット・ルームはニュージーランド料理を専門とするレストランでした。ですが、2020年に私たちはヘッドシェフのメアリー・アティアとパティシエのカマリ・ミックを仲間に迎え入れました。ふたりはメニューだけでなく、コンセプト全体を刷新しました。いまでは、それぞれのシェフのバックグラウンドからインスパイアされたグローバルな料理を提供しています。私は、チームの仲間たちから日々刺激を受けています。彼女たちと一緒に仕事ができてとても誇らしいです。
Q:ザ・マスケット・ルームをオープンして以来、ニューヨークのファインダイニングシーンは変わったと思いますか?
ヴィタリアーノ:個人的には、ファインダイニングというものがよりカジュアルでインクルーシブなものになったと思います。高級レストランでの食事は、特別なイベントというイメージが強かったのですが、ザ・マスケット・ルームをオープンしたことで月に数回通ってくださる常連の方々の数を徐々に増やしていくことができました。バーに立ち寄ったり、アラカルトで好きな料理を頼んだり、コースメニューを堪能したりと、それぞれの方法で楽しんでいただいています。
Q:ザ・マスケット・ルームのメニュー開発のインスピレーションとは?
アティア:主なインスピレーションは、いま自分が影響を受けているものと旬の食材です。私は、新しいアイデアが浮かぶとなんとしてでもそれを実現しようとします。その一方で、上手くいかないときは潔く手放すことも大切です。試行錯誤による部分は大きいですが、自分の直感を信じるようにしています。
ミック:なるべく旬の食材を使うようにしています。まずは相性の良い組み合わせを選び、その理由を紐解いていきます。その上で、メアリーと協力しながらメニュー全体に一貫性をもたせるようにします。ひとつのデザートを作るときは、そのデザートが自分にどんな感情を掻き立てるか、そしてお客様が何をイメージするかを考えます。多くの人にとってデザートは、郷愁を誘うものでもあります。ですから、技術を駆使して、子供時代の記憶を呼び覚ましてくれるようなデザートを作るようにしています。昨年開発した、カラフルな粒々アイスを使ったデザートはそのひとつです。
Q:ラフズのコンセプトについて教えてください。.
ヴィタリアーノ:ラフズは、2020年のパンデミックの際にザ・マスケット・ルームの新業態として立ち上げた「ミスター・オールデイ(Mr. All Day)」を畳もうとしていたときに思いつきました。当時はインドアでのダイニング体験に焦点を置いていましたが、ザ・マスケット・ルームと同じエリザベス・ストリートの歴史的な建物を活用して事業を拡大することの大切さに気づいたのです。とりわけパンデミック中は、新たな収入源や従業員が働ける場を模索することが不可欠でしたから。ラフズのコンセプトは、私たちが受け継いだ老舗イタリアン&フレンチベーカリーに由来します。このベーカリーは、100年もの歴史をもつ地元の有名店でした。
Q:ラフズをオープンしたことで、ザ・マスケット・ルームにどのようなメリットがあると考えていますか?
カマリ:ザ・マスケット・ルームのすぐそばに24時間営業のカフェを構えることで、エリザベス・ストリートを拠点にさまざまな料理を発信することができます。ラフズの歴史は建物に限らず、メニュー全体にも落とし込まれています。ザ・マスケット・ルームよりも自由度の高い料理を提供することで、お客様によりロマンチックなダイニング体験をお届けしたいと思っています。ぱちぱちとはぜる薪ストーブを使って料理するシェフたちの姿を見ながら、美しい空間でのダイニング体験を楽しんでいただきたいです。
Q:ザ・マスケット・ルームがほかのレストランと一線を画しているのはなぜでしょう?
アティア:私は、「アニサ(Annisa)」というレストランで初めて人間中心の厨房というものを体験しました。ここでもそれを再現しようとしています。私たちは、高級レストランの運営に求められる高い基準と、劣悪な職場環境を避けることで外食業界に変化をもたらすという、きわめてユニークなアプローチをとっているのです。
ミック:ザ・マスケット・ルームがほかのレストランと一線を画す理由は、思いやりの気持ちを大切にしつつ、一貫したリーダーシップを持ち続けているからだと思います。私たちのチームは、健全で温かみのある環境で常に成長しています。私たちは、自分の限界を押し広げると同時にチーム全体のポテンシャルを高め、ひとりひとりの目標達成に向かって進んでいるのです。
Q:メンバーが全員女性のチームで働くのはどのような感覚ですか? かつての職場環境との違いは?
アティア:メンバーが全員女性だからどうこう、というふうには考えないようにしています。なによりもまず、私たちは、お客様に最高のダイニング体験を届けるために一生懸命なシェフですから。確かに、全員が女性ということもあって素晴らしい化学反応が生まれます。それに私たちは、互いをリスペクトしています。そうした気持ちがユニークな職場環境を醸成し、ともに創造性を発揮して卓越性を追求できる安全な環境を実現しているのです。
ミック:私にとっては、まったく新しい経験でした。こうした環境で働いたことはありませんでしたから。チームのみんなは、流動性を見事に体現しています。新しいコロナ規制が導入されるたびに思慮深さを失うことなく迅速に順応できたことは、こうした流動性を証明しています。
Q:ザ・マスケット・ルームを訪れた際、絶対に注文するべきおすすめ料理を教えてください。
ヴィタリアーノ:ザ・マスケット・ルームでは「テイスティング・メニュー」(通常のものとビーガン用と2種類を用意)というコース料理がメインなので、まずはこのコース料理を試していただきたいです。そうすることで、レストランで提供している料理の全体像を把握していただけると思います。
ライター:Pei-Ru Keh